今週の日曜美術館のテーマは「疫病を超えて 人は何を描いてきたか」でした。
日曜美術館
https://www.nhk.jp/p/ni…/…/3PGYQN55NP/episode/te/YPYYGG1QNY/
正直なところ、綺麗にまとめられた感があって、もう少し多様な解釈も欲しかったですが、いま、避けては通れないテーマとして大いに興味深く見ました。
同時に、鑑賞者としての私が、この先の「アート」や「アーティスト」に求めたいテーマが一つ見えてきました。
それは「見えない厄災と人間」をどう描くか、ということ。
21世紀に入ってからの私たちは、「放射能」と「ウイルス」という二つの眼に見えない汚染に直面することになりました。
この、昨日撮った青空と八重桜の写真には、目に見えないものが映っています。それは、画面の奥で遊ぶ子どもたちの「不安な心」です。
何事もなかったあのころと何一つ変わらない風景の中で、でも、実は何かが大きく変わってしまった。。。
この「子どもたちの心」のようなものを表現した作品が、いつの日か見てみたいと思うのです。決して急ぎはしませんが。
(余談ながら、もしかしたら、この「不安」こそが、放射能やウイルスと並んで、人を蝕んでいく第3の厄災かもしれません)
いま日本に暮らす私たちには、疫病に襲われた中世の人々が野晒しの骸を目にしたような、リアルな「死の恐怖」は見えません。
だからこそ、現代人にしか描けない表現があると思うのです。
そこにアートの可能性のひとつがあり、見る者に内なる力を与えてくれるかもしれないと感じています。
そこには表面的な「美しさ」は無いかもしれないけれど、恐怖に向き合った表現者の痕跡は残るだろうから。
それは、ひょっとしたら、21世紀のゴヤ、みたいなアーティストかもしれません。
ところで、番組にリモート出演されていた山本聡美さんの『闇の日本美術』は大変面白く読みました。昨年のことです。 ただし、そのときは「他人事」として読んでいたのです。
まさか、自分が直面することになるなど、露ほども思わず、、、。
まるで時空がつながっているかのように感じています。
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